どうでもいい記事を書いたらダメなの?そんなことはない理由

どうでもいいですよ
「ブログ運営は更新頻度が多くないといけない」

「記事のクオリティが高くないと検索上位に表示されないので書くだけムダ」

そんなブログノウハウに翻弄(ほんろう)されていませんか?

結論から言うとどっちも正しく間違っていない話なんですが、たとえば「こんなくだらないこと記事にして良いんだろか〜」なんて思うくらいどうでもいい話はやっぱり記事にしちゃいけないんじゃないか?って思うときがあります。

検索すると「無駄記事を量産しても無意味」「更新頻度は関係ない」「いやでも更新頻度は重要で…」なんて記事をまた目にして結局どうしたら良いんだよ!

そんな思いが募り考えるのもなんだかバカバカしくなってブログをやめたくなってしまう。そんなときが誰でも1度や2度はあったことでしょう。

結局のところ、どうでもいい話なんてブログに書いちゃダメなんでしょうか?

どうでもいい話は書くべきではない?

どうでもいい話ってそもそもどんな話?

どうでもいいとはその名の通り、

「くだらない」

「つまらない」

「無意味」

などネガティブな発想がつきまとうものですよね。たしかに「どうでも良い記事」なんて必要ないような気もしますが、実は誰かの役に立っているものです。

ゲスな記事は書くべきではない

くだらない

どうでもいい記事は書いてもいいと思いますが、どうしようもない内容の記事はダメです。

いわゆる「ゲスの極み記事」です。

ゲスを極めた人はだいたい書く記事だってゲス。普段から面白みのない人だ。

ゲスな人の特徴

・いつも同じような話ばかり

・何日か前に言ってウケた(と思っている)ネタを何度も言う

テレビの芸能ネタのパクリ

・ツイッターでよく見かける笑えるネタのパクリ

・周りのことを考えていない

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現実社会でこれだ。ブログだってくだらない話なんか書いていたら嫌われ者になるか無視されるに決まってる!

…そう思うのも無理はありません。

ゲスな記事とは、以上のようなパクリで中身の無い記事に他なりません。

中身の無い記事は書いてはいけません。

後悔は後でするものですが、知っておけば後悔はせずに済むというもの。

どうでも良い記事とゲスな記事は中身が違います。

どうでもいい話は個性だから書こう

「僕の私のどうでもいい話なんて誰も読みたがらないし書くだけ無駄なんでしょ?」

どうでもいい話ってそんなに需要が無いものなのでしょうか?

やっぱり書くべきじゃ無いんでしょうか?

結論から言うと、どうでも良い話は記事にして良いです。

つまらないと感じる人もいるでしょう。でも中には「個性的な記事だな」って思う人もいます。

役に立たないな、この人なんでこんなどうでもいい記事を書いたんだろう?なんて思われるかもしれませんね。

「この人なんで?」はアナタに対する興味です。

どうでも良い話は興味深い。

僕もどうでもいい話が好きです。

どうでもいい話を求める人は少数派でそんなに需要が無い…かといえばそんなことはなく、じつは「どうでもいい話」は検索需要が毎月10万以上あり、それだけ「どうでもいい話」を探している人がいるのです。

ちなみにブログノウハウ的な話をすると、毎月10万以上あるってことは季節やトレンドに左右されない、安定したロングテールキーワードってことです。どうでもいいですが。

どうでもいい記事ってじつは面白くて、共感できるから読みたくなるのです。

「こうしないといけない」は手の動きを止めます。自分の個性的な感覚は開放してあげましょう。ブログという場所で。

実際、どうでもいいって思われるんじゃないかっていう記事がよく読まれたりして。まあある意味複雑ですが。

まとめ

どうでもいいよな、書いても無意味なんだな〜なんて思う記事が意外とバズ場合があります。

自分しか書けない記事ならばそれは立派なオリジナルコンテンツ。

どこにもないオリジナルは評価されるものであり実際、検索結果にも反映されています。ブログには個性が必要です。

ブログノウハウを学びすぎると頭でっかちになって「あれはダメ、これが正しい」という知識は増えるものの、ノウハウとは裏腹に手が進まなくなってしまうときがあります。

「つまらないと思っていたけど思いのまま、自由に書いてみたらスッキリした!」

「書いてみたら意外と…いい感じ!」

この感覚は重要です。

どうでもいい記事も立派な個性なのです。

個性のあるブログ運営をしていきましょうね。

バズるとは、「あとで読む」ために記事を保存する人が急激に増える現象のことです。「バズる」ことで注目度が集まりツイッターなどでシェアされさらに読む人が増えるまさに相乗効果的な「たくさん読まれる」現象。