なったら困るのにならなかったら残念な気持ちになる現象に名前を付けたい

雪

かつした@YoshizouMです。

最近なんだか天気がおかしいですよね。
西のほうでは巨大化した野菜が豊作。かと思いきや異例の豪雪で家屋の倒壊、一瞬にして野菜不足、野菜の価格高騰などもはや先行きは天のみぞ知る世界。

先日も、大雪警報が出ていたと思いきや朝起きてみたら積雪どころかみぞれすら降っていないなんて状況。天気予報じゃ東京でも積雪5cm?くらいなんて言われていたのに…。

まあ雪が降らなかったおかげで通勤の足も快適、いつも通りの1日を過ごすことができましたが。
でもなぜだろう、降らなくて良かったはずなのに心の奥底では残念がっている自分自身が顔を出す。我ながら不謹慎だなと思いますが…。

なったら困る。でもいざならなかったらなんだか残念な気持ちになる。そんな現象に名前はあるのだろうか?

予想が外れて許せない!?

女性

「明日は穏やかに晴れるでしょう」
天気予報とは前もって天気を予測報告してくれるものだから傘を持っていくべきかどうか悩む必要はない。

多少は悩むかもしれないけど雨や雪の予報が出ていれば僕は間違いなく折り畳み式の傘を持ってでかける。
天気予報はよく当たる。当たりすぎるので外れたときは「なんでだよ!」と怒りたくなるほどだ。

予報なんだから外れても仕方ないはずなのに…ね。
「今日は美しい青空が広がるでしょう」なんてお天気おねえさんが笑顔で話せば傘も持たずに出かける。むしろ傘を持って歩いてたら変な人に思われるだろう。
ところが。
あれだけ真っ青に晴れ渡っていた空が突然体調を崩し稲光とともに大雨を降らす。まさに青天の霹靂(へきれき)。そんな日もあるものだ。

ずぶ濡れになった僕、またはアナタはこう言うだろう。

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「天気予報外れた!」「天気予報なんて当てにならない!」

「ふざけるな」

…と。
たった1度外れただけなのに、なぜもこんなに怒り狂うのか?

信頼関係を崩すのはたった一度の裏切り

夫婦だってそうだ。お互い一生寄り添って生きていく。そう誓ったはずなのにたった1度の過ちで信頼関係は崩壊する。

裏切りによる憎しみは愛の深さに比例すると思う。

信じていればこそたった1度の裏切りが許せないのだ。

なったら困るのにならないと妙に残念

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先日、雪が降るという予報が出ていたが結局降らなかった。

サラリーマンにとってはほっと一安心する出来事だった。

でもなぜだろう?
ほんの少し。ほんの少しだけど“降らなくて残念”なのだ。

降れば農作物に被害が出るし、交通機関、もちろん人自体にだって。

でも天気予報が外れて妙に残念な気持ちになっていた。

なぜだろう…。

答えは記憶にあった

雪が降らず残念、なんて言う僕は不謹慎で憎まれるべき奴なんだろう。

そんなことを思っていたら、うちの娘がポツリとつぶやいた。

「雪降らなくてガッカリ!部活休みになると思ったのに。」
そうだ。子供の頃、雪が降ると休校になったっけ。


雪が積もれば雪だるまを作って玄関に並べた。

あまり雪が降らない茨城では年に2、3回降れば多いくらい。場所にもよるけど、僕の住んでいるところではめったに積もることが無かった。

雪が積もれば雪遊びが楽しかったし、一面の銀世界に感動したものだ。

子供の頃の雪の思い出は楽しくて明るくて…ほんの少し耳が冷たかった。

雪が降るたび、旧き良き思い出が脳裏に浮かび上がるのだ。

思い出はデジャヴのような感動

雪が降らなくて残念なのはまだまだ僕が子どもで大人になりきれてないからかもしれない。

でも、真っ白な世界を目にすると子どもの頃のまぶしくて未来なんて想像できない無垢な少年に戻ることができる。

触れた雪の感触、冷たさはまるでデジャヴのように記憶が繰り返される。

心の奥底の感情。それは子どもの頃の記憶、思い出なのかもしれない。

「なったら困る。でもならなかったらなんだか残念な気持ちになる。」

そんな現象を「思い出のデジャヴ」と名付けたい。