人生は不平等でいいんじゃないかって思う

teddy-bear

宝くじを1000枚買っても当たらない。意外と3枚くらいしか買わない人が一等を当ててしまったりする。

人はもともと平等ではない。
産まれた家が裕福だったり、その逆だったり。それに健康に産まれる人ばかりじゃない。

お腹の中にいるときに「外に出たら悪いことしてやるぜグヘヘ」なんて思う赤ん坊はいないはずで、性格や才能は育ってきた環境によって違ってくるハズ。

人生は平等じゃない。。

公平じゃなくても自信を失わず自分らしく生きる方法を考えていきたい。

生まれながらに本質的に別人

donuts

何の番組で見たか忘れたけど、小さな子供にドーナツを一個あげ、10分間食べずにいられたら倍の二個あげるっていう実験があった。

ほとんどの子はたったの10分間に耐えきれずドーナツをパクリと食べてしまう。

中には匂いをかいで食べた気になって我慢しようとする子もいた。でも結局食べてしまう。

食べ終わった後の顔は満足そうな子、悲しげな子それぞれだ。

そんな中、10分間微動だにせず、おかしを見もせずそのまま耐えきる子供が何人かいた。今の幸福よりも未来の(より大きな)幸福を選んだ子たち。

そんな子供たちは、将来有名なアスリートや学者、著名人になる場合が多いという。

親が教えた、学校で教わったわけではない。本能的に「自分が最も得をする」選択をしていた。

誰にでもできるわけじゃない。もはや生まれながらの才能、天才としか言いようがない。

もしもこの「食べてはいけない10分間動画」を大人になったときに見せられたらどうだろう?生まれた時から運命は決まっていたんだと思うだろう。

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違って当然

人間は生まれながらに平等であると言うけれど、実感している人は少ない。産まれた時点で他人とはまったく違う人生が始まっていた。

運命、というよりは宿命というべきか。

スピリチュアルな表現をすれば、もしかしたら前世のつながりで自らこの人生を選んだ(もしくは選ばされた)のかもしれない。

自分らしく生きる方法

貧乏な家庭に産まれたからって不幸とはかぎらない。

親を幸せにしてあげようと懸命に努力し、その結果、親、そして自分自身、その妻子を幸せにできるかもしれない。

皇室に産まれたからって幸福とは限らない。庶民の遊びは立場のせいで触れることすら禁じられてしまう。

世間知らずのわがまま王子になってしまうかもしれない。

環境で人は変わる。

結果論ではあるけれど、人は生まれながらに平等ではない。

もともと環境が違って当たり前なんだから、比べること自体がナンセンスなのだろう。

某海外アーティストは「俺は俺自身である必要がある。他の誰にもなれやしないんだから」と歌った。

時間は有限。比較する時間はもったいない。

自信を失う意味は無い。

自分になれる人なんていないのだから。

まとめ

産まれながらに平等なんてことはありえない。

天才とは普通じゃない、変なやつだと思う。でも、終わりがくるのは同じ。

人生は平等じゃないのが当たり前で同じ環境じゃないから自分と全くちがう人に出会い興味を持つんだと思う。

自分に似ている人間を見つけるとうれしいのは「同じ人間なんていない」って本能的に知っているからだ。

最初で最後の自分の人生を他人と比べて落ち込んだり消耗するのはもったいない。自分だけの人生を楽しんだほうが絶対良い。

ありきたりだけどそれが答えだろう。