職場の人間関係はドレッシングでうまくいく

野菜

無性に野菜が食べたくなる。そんなときはありませんか?僕は、野菜不足から体が発するメッセージ、または職場の人間関係で悩んだり仕事がうまくいかないときなどのストレスによるメッセージだととらえている。

野菜、というよりはドレッシングタップリの新鮮レタスとトマトのサラダ。これが食べたくなる。

僕はドレッシングがあるからサラダは旨いんだと思う。ドレッシングの無いサラダは単なる生野菜にすぎない。

そうだ。野菜サラダは職場の人間関係に似ている。

本質的にサラダが好きじゃない

サラダを食べたい、というよりは「ドレッシングをかけたサラダ」が食べたい。

漫画「美味しんぼ」でも書いてあったけど、もともと人間は本質的に生野菜が好きではない。

たまに食べるぶんには良いけど、毎日、一日に必要な摂取量を摂るにはドレッシングが必要だ。ドレッシングが無ければ塩や醤油でもなんでもいいからとにかく味付けをして食べたい。

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味の無い、もしくは薄味の滋味なサラダをたらふく食べることなんて到底無理な話なのだ。

ドレッシングはサラダを包む愛情である。愛情はすべての野菜に行き渡るようにしたい。

トマトが無性に恋しくなる

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トマトが好きだが、あれば食べる程度でわざわざ買いに行こうとは思わない。普段は。

でも、たまにトマトが恋しくなるときがある。オムライスにかけるケチャップの量は3倍に増え、スパゲティはナポリタンを好む。

パスタと言わないと格好がつかないけどナポリタンはスパゲティだと思う。ナポリタンにアルデンテなんて必要ない。

トマトの強烈な酸味と香りを求めているのだ。

サラダは人間関係に似ている

サラダはドレッシングがあるから旨い。僕の考えは変わらない。

味付けで旨さが変化する。言い換えれば、ドレッシング次第でどうにかなってしまうものだ。

これは人間関係にも言えることだろう。

周りを包み込むような優しさに満ちあふれたレタス。

自己主張しないほぼ無味なキュウリ。時間が経つと辛さが治まりうま味を魅せるタマネギ。

それぞれ見た目も味も違う。

ドレッシングはまとめ役

ゴマドレッシングをかけたら味は濃厚でマイルドになる。

シソドレッシングならば鼻に残る強い香りとサッパリとした味わいになる。

ドレッシングがあるからまとまりがつくのだ。人間関係で言うところの上司の立場。もしくはまとめ役。それがドレッシングなのだろう。

新鮮な野菜にかけるドレッシングはタップリと。

市販のドレッシングは味が濃すぎるような気がする。少し薄めたほうがいいんじゃないかって思う。濃すぎる愛情は裏切られたときのショックが大きい。

だから薄くて良いから全体にかけたい。それが八方美人と言われようとも。

すべての野菜にかかるように。